なぜCLT普及は推進されるのか


「CLTの未来と課題」と題した連載記事の4回目として、本日は「なぜCLT普及は推進されるのか」についてお送りします。

近年、CLTの普及が注目されています。これは一度木造建築から鉄筋コンクリート造へと移行した我が国が再び木造建築に焦点を当てる理由に深く関係していると考えられます。この文脈には、持続可能な開発目標(SDGs)やCO2削減の観点が大きく影響を与えていると思われます。

1. 木造から鉄筋コンクリート造への移行と再評価

日本は明治時代以降、急速な近代化の中で鉄筋コンクリート造の建築が普及してきた歴史があります。これにより耐火性や耐震性が向上し、都市部の発展を支えました。しかし、近年になって再び木造建築が注目されるようになった背景には、地球温暖化や環境問題への対応を含む複数の要因があると考えられます。なお、木造建築とCLTの歴史とについては前回記事の「CLTの誕生と日本の木造建築の歴史」を参照ください。

2. SDGsの観点と里山の現状

SDGs(持続可能な開発目標)は、国連が2015年に採択した2030年までに達成すべき17の目標から成り立っています。この目標には、環境保全や持続可能な資源利用が含まれており、「誰一人取り残さない」社会の実現がコンセプトとして掲げられています。持続可能な社会を目指すためには、経済的成長だけでなく、環境保護や社会的公平性も考慮する必要があるとされています。

日本の里山は手入れが行き届かず、荒廃が進んでいる地域が多いと聞きます。これらの地域を再生し、持続可能な形で利用することは、SDGsの目標達成に寄与します。特に、SDGsの目標15「陸の豊かさも守ろう」に関連しています。持続可能な森林管理や環境保全を通じて木質化を進めることで、CO2の吸収や生物多様性の保護にも貢献できるとしています。

3. 法改正と補助金

CLTの普及を推進するために、政府は法的整備と補助金制度の導入を進めています。
法的整備では、2013年にCLTが日本農林規格(JAS)に正式に定義され、2016年の建築基準法告示により、CLTを用いた建築が可能となりました。これにより、CLTの使用が促進されることが期待されています。

また、CLTの補助金制度も導入されています。例えば、日本政府はCLTを使用した建築プロジェクトに対して補助金を提供しており、経済的支援が行われています。具体的な補助金の例として以下のものがあります。

  • JAS構造材実証支援事業
  • CLT活用建築物等実証事業
  • 都市における木材需要の拡大事業
  • 花粉症対策木材利用促進支援事業
  • 優良木造建築物等整備推進事業

これらの補助金制度は、木造建築の普及と持続可能な建築の推進に寄与しています。なお、情報はR7.1.31時点の情報で、内閣官房ホームページより参照しています。最新情報については、内閣官房ホームページの「CLT活用促進のための政府一元窓口 (https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/cltmadoguchi/index.html)」をご確認ください。

4. CO2削減と炭素保有

木材は成長過程でCO2を吸収し、炭素を保有します。したがって、木造建築はその炭素を建物に閉じ込める効果があり、CO2削減に貢献します。さらに、CLTは従来の木材よりも耐久性が高く、大規模な建築にも適しています。これにより、木材の利用が拡大し、持続可能な資源利用が期待されます。

ただし、木材利用によるCO2削減効果を確実にするためには、いくつかのポイントを考慮する必要があります。

生産過程でのCO2排出

木材の生産過程でのCO2排出を管理・チェックすることが重要です。エネルギー消費や化学処理、輸送による排出を最小限に抑える取り組みが求められます。

炭素保有の年数

炭素保有の年数を伸ばすために、長寿命な建物を作る必要があります。しかし、日本では木造の「法定耐用年数」が低く、古い木造住宅を建て替えることが推進されているように感じられます。(「法定耐用年数」については次の項で詳しく説明します。)

森林伐採の影響

森林伐採と植林のバランスを取ることが必要です。外来の木材でそのバランスが取れるかどうかは疑問が残ります。また、国産材の地産地消による品質と供給の安定性を確保できるのかも課題がありそうです。

これらの三つの課題に関しては、次回以降の記事で詳しく調査し記載していきたいと思います。

5. 法定耐用年数の課題

CLTは耐久性が高いものの、木造建築の「法定耐用年数」による資産価値の短さを克服しない限り、建物の長寿命化は難しいと考えられます。

「法定耐用年数」とは、資産が経済的に有用とされる期間を指し、税務上の減価償却に使用されます。木造建築の「法定耐用年数」は、アパートなどの業務用住宅の場合、22年とされています。一方、鉄筋コンクリート造は47年、鉄骨造(骨格材肉厚4ミリメートル超)は34年と、木造建築と比べてかなり長いです。この違いは不動産投資の観点から非常に重要です。法定耐用年数が短いと、減価償却のスピードが速くなり、資産価値の低下も速くなります。

法定耐用年数が短いため、建物自体の資産価値が急速に減少し、その結果、銀行が貸付時に評価する「積算価格」も短期間で大幅に低下します。これにより、物件が安価でないと売りにくくなります。具体的な計算は割愛しますが、このため、不動産投資においては、中古木造物件では築年数が新しい物件しか取引で利益を得ることが難しくなっています。築年数が古い物件は価値が下がってしまうため、建て直す方が経済的に有利な場合が多々あります。

また、このような理由により木造一軒家は建てた瞬間からローン残高よりも資産価値が落ちるスピードが速く、「債務超過」となることをどれだけの建築設計者や消費者が認識しているのでしょうか。

木造建築のスクラップアンドビルドを防ぐためには、「法定耐用年数」に関する法改正が必要です。もちろん耐久性の向上やメンテナンス技術の発展により実質的な耐用年数を伸ばす必要がありますが、木造建築の法定耐用年数を見直し、延長することは、長寿命な木造建築を実現し、持続可能な社会を築く一助となると思われます。

法定耐用年数の見直しには、木造建築の中で構造等の細かな分類分けが必要かもしれません。4号特例の見直し改正が行われることがその流れの一環だとしたら嬉しいですが、どうなのでしょうか。

6. SDGsと自然への配慮

「誰一人取り残さない」社会を実現することがコンセプトのSDGsは、人間が地球上でより良い生活を送るための目標です。このことから、SDGsには人間中心的な考え方が含まれていると筆者は考えています。これまで古い建築物を大切にしてこなかった私たちが、本当に持続可能な開発を実現できるのでしょうか。

さらなる自然環境への負荷を増やさないためには、既存のストックを有効活用することも必要で、人口減少の中で、私たちは経済的発展と開発を前提とした活動を続けるべきか考える必要があると考えます。

CLTのような新しい加工技術には、環境負荷を軽減し、生活の質(QOL)を効率的に上げる可能性がありますが、経済的発展と開発に比重をおいたスクラップアンドビルドの道具にならないように、技術・法規・意匠の多方面での活動が必要と考えられます。