建築設計におけるデザインコンセプトを明確に伝える方法

建築設計におけるデザインコンセプトは、単なる「デザインの方向性」を超えて、**プロジェクトの根幹を支える“設計思想”**です。
優れた設計者はこのコンセプトを明確に伝える力を持っています。しかし、どれだけ素晴らしい発想も、伝わらなければ評価されません。
本記事では、設計者として他者に「伝わる」デザインコンセプトの作り方と伝え方を、ステップごとに解説します。


1. 建築設計における「デザインコンセプト」とは?

● 建築におけるコンセプトの役割

デザインコンセプトとは、建築の計画・形態・空間構成・素材選定など、あらゆる設計判断の軸となる考え方です。つまり、「なぜその形なのか?」「なぜこの空間構成なのか?」という問いに一貫して答えるものです。

● 造形・空間・機能の三位一体

コンセプトは見た目(造形)だけでなく、空間の体験性や機能性にも通底している必要があります。意匠・構造・設備の垣根を越えて「建築全体に貫かれる思想」であることが重要です。

● アートとの違い、設計としての実用性

アートは自己表現が中心ですが、建築は使われ、役立つための設計です。したがって、コンセプトも詩的すぎる表現ではなく、「目的に即した合理性と意味性」が求められます。


2. なぜデザインコンセプトの明確化が重要なのか?

● クライアントとの認識を一致させるため

クライアントは必ずしも建築に詳しいとは限りません。曖昧な表現では誤解を生み、設計変更や不信感の原因になります。明確なコンセプトは、信頼関係構築の鍵です。

● 意匠設計と実施設計の整合性を保つため

基本設計で描いた理想が、実施設計段階で形骸化するケースは少なくありません。コンセプトが共有されていれば、ディテールや仕様の決定にも一貫性が生まれます。

● プロジェクト全体の方向性を統一するため

設計、構造、設備、ランドスケープ、照明、施工……多くの専門家が関わる建築プロジェクトでは、共通の「設計思想」があるかないかで、成果の質が大きく変わります。


3. デザインコンセプトを構築するステップ

● 敷地・周辺環境の読み解き

コンセプトは土地を読むところから始まります。光、風、音、景観、法規制、地域文化など、敷地特有の要素を丁寧に観察・分析しましょう。

● 建築主の要望と課題の把握

クライアントヒアリングでは「要望」の裏にある「本質的な課題」を抽出します。単なる要望対応ではなく、「どういう価値を実現したいのか?」に迫る姿勢が重要です。

● コンセプトの言語化とストーリー化

単語ではなく、「○○という土地で△△な暮らしを育むための□□な建築」など、物語として語れるレベルに昇華することで、誰にでも伝わるコンセプトになります。


4. コンセプトをわかりやすく伝えるための工夫

● 言葉と図のハイブリッド表現

言語情報(キャッチコピー、説明文)と視覚情報(図面、コンセプトスケッチ)を併用することで、抽象と具体のバランスが取れたプレゼンが可能になります。

● モデル・スケッチ・CGパースの使い分け

  • スケッチ: 感性・第一印象を伝える
  • CGパース: 空間の完成イメージを共有する
  • 模型: スケール感・光の入り方など空間体験を可視化する

● キャッチコピー化による印象づけ

「風と光を編む家」「余白を活かす暮らし」など、記憶に残る一文で印象付けることも効果的です。


5. クライアントへの提案時に気をつけるポイント

● コンセプトと設計意図をリンクさせる

「この曲線は柔らかさを象徴」「開口は視線の抜けを意識」など、設計の要素とコンセプトがどうつながっているかを丁寧に説明する必要があります。

● プレゼン資料の構成と視覚的整理

説明順は「背景 → 問題 → 提案 → コンセプト → 形態」など論理的な流れに。資料は視覚的に整理されており、誰でも理解できるデザインを心がけましょう。

● よくある誤解とその対処法

  • 「なんとなくおしゃれなデザイン」だと誤解される
  • 技術的に無理と即断される
    論理的根拠と実現性をセットで説明することが大切です。

6. 設計チーム・施工側への共有と落とし込み

● 実施設計や施工図への反映方法

コンセプトを図面に活かすには、納まりや素材の選定にも一貫性を持たせる必要があります。設計図だけでなく、仕上げ表や仕様書にも表現を反映させましょう。

● コンセプトの“ブレ”を防ぐ設計監理

施工中のVE(Value Engineering)や予算調整でデザイン変更が発生しても、コンセプトに立ち返って判断することで、設計の質を守ることができます。

● 設計段階ごとの情報共有のコツ

基本設計・実施設計・工事監理…各フェーズで関係者に同じ言葉で繰り返し伝えることが、結果としてブレを防ぎます。


7. 伝わるコンセプトの実例紹介

● 住宅設計:暮らしを包む空間の物語

事例:自然素材を活かした中庭型住宅
→ コンセプト:「家族と自然が緩やかにつながる住まい」

● 商業建築:ブランド価値を体現する空間構成

事例:地域密着型のカフェ店舗
→ コンセプト:「地域の日常に溶け込む、温かい第三の居場所」

● 公共施設:地域性と開かれた空間性の両立

事例:地域交流センターの設計
→ コンセプト:「町の“縁側”としての交流空間」


8. まとめ:建築は「伝える」ことで生きるデザイン

建築の価値は、その空間がどれほど素晴らしくても、誰にも伝わらなければ評価されないものです。
明確なコンセプトは、設計者の意思を他者に伝えるツールであり、プロジェクト全体を貫く軸でもあります。
「考える力」だけでなく「伝える力」こそが、建築の完成度を高める鍵です。