鉄骨造建築での耐震壁配置の工夫

1. はじめに:鉄骨造で耐震壁が重要となる理由

鉄骨造は、軽量で強度が高く、自由度の高い空間設計や大スパン構造を実現しやすいという利点があります。しかし、フレーム構造のみで地震力を負担する場合、変形が大きくなりやすく、ねじれや局部的な損傷が発生することがあります。特に中高層建築、商業施設、複雑な平面形状の建物では、水平剛性の確保と偏心の抑制が課題となります。

この弱点を補う手法の一つが耐震壁の配置です。鉄骨造であっても、適切な位置に壁を配置することで、層間変形を抑制し、建物全体の安定性を高めることができます。

  • 地震時の変形を抑える
  • 剛心の位置を調整し、ねじれを防ぐ
  • フレームの損傷を軽減し、継続使用性を確保

単に「壁を入れればよい」のではなく、“どこに、どの量を、どう配置するか”が設計の鍵となります。


2. 耐震壁の役割と種類

● ブレースとの違い

鉄骨造ではブレースがよく使われますが、耐震壁とブレースでは役割や性能が異なります。

項目ブレース耐震壁
主な材料鋼材RC、合成壁、SRC等
剛性中程度高い
エネルギー吸収高い(降伏)中程度
開口困難スリット・小開口は可
仕上げ露出になることも壁仕上げとして一体化
用途例フレーム補強コア部・外周部

ブレースが“しなる”ことで地震エネルギーを吸収するのに対し、耐震壁は**“変形を抑えて建物を安定させる”**役割を持ちます。

● RC耐震壁・合成耐震壁・スリット壁の比較

  • RC耐震壁:最も剛性が高く、主にコア部や外周に使用される
  • 合成耐震壁(S+RC):鉄骨柱梁にRC壁を組み合わせ、施工性と剛性を両立
  • スリット壁:壁にスリットを設け、柔軟に変形させることで過度な応力集中を防ぐ

用途や構造形式に応じて、複数の壁タイプを適材適所で組み合わせることが一般的です。


3. 配置計画の基本原則

耐震壁の性能は「量」だけでなく「配置」によって大きく変わります。
特に重要なのは以下の2点です。

✅ 1)建物重心と剛心のバランス

建物の重量の中心(重心)と剛性の中心(剛心)の距離が大きいと、地震時にねじれが発生します。
耐震壁をバランスよく配置することで、剛心を重心に近づけることが重要です。

✅ 2)偏心・ねじれを防ぐ配置

  • 一方向にだけ壁を集中させない
  • 左右・前後で剛性のバランスをとる
  • 特殊形状(L字・T字・コの字)は回転中心を意識

「左右対称」が理想ですが、実務では開口や動線の制約があるため、解析によって最適化します。


4. 効率的な耐震壁の配置パターン

● コア配置(EV・階段室まわり)

もっとも一般的かつ効果的な方法です。
EVシャフトや階段室は動線上必ず必要なため、そこに壁を集約することで
構造性能と空間効率を同時に確保できます。

● 外周配置 vs 内部配置

配置特徴
外周配置建物全体を囲うように剛性を確保。ねじれに強い
内部配置動線や機械室と併用しやすい。偏心に注意

外周+コアのハイブリッドが理想的ですが、建築計画との調整が必要です。

● L字・T字・H字型建物への対応

不整形な建物はねじれが発生しやすいため、
各ブロックごとに剛性バランスをとる“分割構造”の考え方が有効です。


5. 開口部との調整とスリットの活用

耐震壁は強力ですが、「壁がある=開口が制限される」という問題があります。

● 壁に開口が必要な場合の補強方法

  • 開口周囲に補強梁・補強筋を追加
  • 壁端部を強化(境界梁・境界柱)
  • 小開口なら応力集中を解析で確認

● スリット設計による柔軟な対応

スリットを入れて壁を“2分割”することで、
過度な拘束を避けながら、耐震壁としての効果を維持できます。

例:

  • 壁の上下にスリット → 回転を許容しつつ曲げ抵抗を確保
  • 側面スリット → せん断抵抗をコントロール

「壁=硬いだけ」ではなく、「必要に応じて“しならせる”設計」も重要です。


6.施工性とコストを考慮した最適化

● 鉄骨×RCの複合構造での課題

  • 現場打ちRCは工程が長くなる
  • 鉄骨との取り合い部が複雑
  • 配筋や型枠の精度管理が必要
  • 重量増による基礎コストの増大

→ プレキャスト化・合成壁・軽量壁などで施工性を改善

● 現場施工を意識した配置例

  • 1層〜数層だけ壁を入れる「部分壁」
  • メインフレーム以外の二次構造体を活用
  • 設備シャフトと壁を一体化
  • 壁を“集中”させず“分散”させて軽量化

「構造的に安全」だけでなく、「施工しやすく、コストも抑える」ことが実務では不可欠です。


7. 最新の設計基準・指針との整合性

●建築基準法・告示

  • 耐震壁の厚さ・配筋・連続性の規定
  • 偏心率・剛性率による構造計画

●AIJ指針(日本建築学会)

  • 壁のせん断耐力評価式
  • 連層壁の設計法
  • スリット壁・合成壁の評価方法

●限界耐力計算(性能設計)

静的設計だけではなく、塑性変形や損傷レベルを考慮した性能設計が求められます。
耐震壁がフレームの塑性化を抑える効果を持つため、保有水平耐力の向上に直結します。


8. BIM・解析ツールを活用した配置検討

近年はBIMと解析ソフトを連携させることで、設計の初期段階から耐震壁の効果を視覚的に把握できます。

● 3Dモデルによる剛性バランスの確認

  • 剛心位置をリアルタイムで表示
  • 壁配置による偏心の変化を可視化
  • 形状の複雑な建物でも素早く検証

● 動的解析との連携

  • 応答スペクトル解析
  • 時刻歴応答解析
  • 非線形FEM解析による塑性化の把握

「解析してから壁を配置する」のではなく、「配置しながら解析する」時代に変化しています。


9. 実例紹介:成功事例と失敗事例から学ぶ

● 【失敗例】剛性不足によるねじれ被害

中層オフィスビルで、壁を一方向に集中させた結果、偏心ねじれが発生し外周フレームが大きく損傷
→ 壁をバランスよく配置していれば被害は軽減できた可能性。

● 【成功例】コア集中+外周分散のハイブリッド

EVコア周りに主耐震壁を配置しつつ、外周に小壁を分散配置。
→ 剛心と重心を一致させ、建物全体の変形を均一化
→ フレームの損傷が小さく、継続使用が可能だった。

ポイントは「量」ではなく「バランス」と「組み合わせ」です。


10. まとめ:建物の用途・形状に応じた配置戦略の重要性

鉄骨造の耐震設計において、耐震壁は単なる補強要素ではなく、建物の性能を左右する主要構造要素です。

✅ 剛性を高め、変形を抑え、ねじれを防ぐ
✅ フレームの損傷を低減し、継続使用性を確保
✅ 配置のバランスが最も重要
✅ 開口・動線・施工性との調整が不可欠
✅ 最新基準や解析技術を活用して合理化
✅ 成功例に共通するのは「最小量で最大効果」を出す配置計画

鉄骨造は自由度が高い構造だからこそ、「耐震壁をどう使いこなすか」が設計者の腕の見せどころです。

建物の用途・形状・機能を理解しながら、
“構造”と“建築”の視点を統合した耐震壁配置” を行うことが、
安全性・経済性・施工性を兼ね備えた最適な鉄骨造建築を実現する鍵となります。